AI創薬だけでは解けない創薬課題を、化学で解く(1) ― AI創薬と構造ベース創薬(SBDD)の融合
AI創薬は有望な候補化合物を効率よく見つけ出す。しかし、その「答え」は化学的・物理的な根拠によって説明できるだろうか。
近年、AI創薬は医薬品研究の中心技術として急速に普及している。ディープラーニングやグラフニューラルネットワーク(Graph Neural Network:GNN)を利用したバーチャルスクリーニングにより、膨大な化合物ライブラリーから有望なヒット化合物を高速かつ効率的に探索できるようになった。
しかし、創薬研究において本当に重要なのは、「その化合物がなぜ効くのか」「どのような分子認識機構によって活性を示すのか」を科学的根拠に基づいて理解することである。活性予測だけでは創薬は完結しない。
ヒット化合物をリード化合物へと最適化し、最終的な医薬品候補へ発展させるためには、
- 標的タンパク質のどこに、どのような結合様式で結合するのか
- どの官能基が結合や活性発現に重要なのか
- どのような構造改変が活性や選択性の向上につながるのか
といった点を、化学的・構造生物学的なロジックに基づいて理解する必要がある。これは、単に研究上の興味にとどまらない。広い化学構造範囲をカバーする物質特許を検討する場合にも、どのような構造要素が薬理活性に寄与するのかを理解することは重要である。
構造ベース創薬(SBDD)がAI創薬の予測に科学的根拠を与える
AIは膨大な実験データを学習し、「活性がありそうな化合物」を予測することは得意である。一方で、その予測結果がどのような分子間相互作用に基づいているのか、あるいはどのような構造改変が活性向上につながるのかを十分に説明できるとは限らない。
実際の創薬研究で最も難しい工程は、ヒット化合物を医薬品へと育てるリード最適化(Lead Optimization)である。この段階では、結合様式や相互作用を理解しながら分子を設計することが不可欠となる。
そのために重要な役割を果たすのが、構造ベース創薬(Structure-Based Drug Design:SBDD)である。SBDDは、生体高分子(タンパク質)と化合物との相互作用を原子レベル・電子レベルで解析し、AIが示した候補化合物に対して化学的な解釈を与えることができる。
AI創薬とSBDDは競合ではなく補完関係
「AIが創薬を変える」という表現はよく用いられる。しかし実際の創薬研究では、AIはヒット探索を飛躍的に効率化する一方で、分子認識機構の詳細な理解には構造ベース創薬が不可欠である。
その基盤となる技術には、
- X線結晶構造解析
- クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)
- 分子動力学(Molecular Dynamics:MD)シミュレーション
- 分子ドッキングシミュレーション
- 量子化学計算
などがある。
これらの解析によって、生体高分子(タンパク質)と化合物の相互作用を可視化・定量化し、AIの予測結果を科学的に検証しながら、より合理的な分子設計へとつなげることができる。

分子機能研究所のMFDDインシリコ創薬受託研究サービスの特徴
AI創薬の進歩によって、ヒット化合物の発見速度は今後さらに向上すると考えられる。しかし、創薬の本質は単に「当たり」を見つけることではなく、「なぜ効くのか」を化学的・物理的なロジックに基づいて理解し、その知見を次の分子設計へと活用することである。
今後のAI創薬では、予測精度の向上だけでなく、タンパク質構造解析や分子シミュレーションを統合した説明可能なAI創薬(Explainable AI for Drug Discovery)が創薬研究の重要な方向性の一つになると考えられる。
分子機能研究所では、AI創薬と構造ベース創薬を融合し、量子化学計算、分子シミュレーション、タンパク質立体構造精密化などを組み合わせた化学ロジックに基づくインシリコ創薬受託研究サービスを提供している。ヒット探索から作用機序解析、リード最適化まで、一貫した科学的アプローチで創薬研究を支援している。
2026年9月1日
分子機能研究所 辻 一徳
筆者プロフィール
辻 一徳(ツジ モトノリ)
分子機能研究所 代表
博士(薬学)東京大学
大阪大学 招聘教員
横浜国立大学 非常勤教員
東京医科歯科大学・東京科学大学 非常勤講師(~2025年)
インシリコ創薬・構造ベース創薬・リガンドベース創薬・量子化学創薬・AI創薬・計算化学・バーチャルスクリーニング・分子ドッキング受託研究、アドバイザリー、コンサルティングを実施

