嗅覚受容体を標的とした構造ベース創薬とバーチャルスクリーニング
ヒトでは嗅覚受容体は400種類以上存在することが知られている。嗅覚受容体は7回膜貫通Gタンパク質共役型受容体(GPCR)であり、立体構造はClassI(比較的親水性の匂い物質を認識する傾向がある)の嗅覚受容体について2023年に初めて明らかにされた。その後、ClassII(より疎水性・揮発性のリガンドを認識する傾向)に属する嗅覚受容体についても構造解析が進展した。筆者は2023年以前はβアドレナリン受容体の立体構造を鋳型としてホモロジーモデリングを実施して構造ベースのドッキングシミュレーションによるバーチャルスクリーニングを実施してきたが、2023年以降はClassIおよびClassII嗅覚受容体の立体構造を利用している。実際にはClassIもClassIIもサブファミリーが存在し、ホモロジーモデリングは容易ではない。匂い物質結合サイトを構成するアミノ酸残基がファミリー間で十分に保存されていないことに加え、結合サイト自体が柔軟であるため、リガンド結合状態を考慮した構造モデルの構築が求められる。AIベースの構造予測手法は急速に進歩しているものの、嗅覚受容体のように柔軟な結合サイトを持つタンパク質では、リガンド結合状態を適切に反映した構造モデルの構築が依然として課題となる。実際、嗅覚受容体を対象としたバーチャルスクリーニングではヒット率が極めて低いことが知られている。場合によっては、バーチャルスクリーニングによって数百〜数千化合物に絞り込んだ候補群をウエット実験で評価しても、活性化合物が1個程度見出されるかどうかである。その中で、筆者は一部のプロジェクトにおいて、購入・評価した化合物群の中から約10%の割合で活性化合物(作動薬および拮抗薬)を見出した経験がある(国内学会発表実績あり)。2023年に最初の嗅覚受容体構造が報告された後、2026年には複数の嗅覚受容体の立体構造情報が報告されている。今後はよりホモロジーの高い鋳型を利用したモデリングが可能となり、嗅覚受容体を対象としたバーチャルスクリーニングの精度向上が期待される。
一方、嗅覚受容体は鼻粘膜だけに存在するのではなく、様々な細胞や組織で発現していることが知られてきた。特に、一部の嗅覚受容体は特定の腫瘍細胞やがん組織で過剰発現することが報告されており、がんマーカーや治療標的の候補としての利用を目指した研究が2020年代に入って活発化している。
機能性食品成分の探索を目指すのか、あるいはがん関連嗅覚受容体を標的とした診断・治療応用を目指すのかによって、インシリコスクリーニングやバーチャルスクリーニングで用いる化合物群は異なるものと考えられる。筆者は目的の嗅覚受容体のモデリングに加え、探索対象に応じた化合物群の選定にも留意しながらバーチャルスクリーニングを実施している。
嗅覚受容体を対象としたインシリコ創薬やバーチャルスクリーニングに関するご相談は、分子機能研究所までお問い合わせください。
2026年5月26日
辻 一徳

