タンパク質を「阻害」から「分解」へ:PROTACのインシリコ創薬
創薬の歴史において、多くの医薬品は標的タンパク質の機能を「阻害」することを目的として開発されてきました。しかし近年、「タンパク質そのものを細胞内から除去する」という新しい創薬概念が注目を集めています。
その代表的な技術が PROTAC(PROteolysis TArgeting Chimera) です。
PROTACは、疾患の原因となるタンパク質を細胞自身の分解システムへ誘導し、選択的に除去する技術であり、「Targeted Protein Degradation(TPD:標的タンパク質分解)」と呼ばれる新しい創薬モダリティの中心的存在となっています。近年ではがん、自己免疫疾患、神経変性疾患など幅広い領域で研究開発が進められてきました。そして2026年には、米国FDAがArvinasとPfizerが共同開発したエストロゲン受容体標的PROTAC「ベプデゲストラント(vepdegestrant、商品名 Veppanu®)」を承認しました。これは世界初の承認PROTAC医薬であり、標的タンパク質分解創薬が実用段階へ到達したことを示す出来事となりました。
細胞内のタンパク質分解システム
細胞内では常にタンパク質の合成と分解が繰り返されています。損傷したタンパク質や不要になったタンパク質は主に
- ユビキチン-プロテアソーム系(UPS)
- オートファジー系
によって除去されます。特にUPSは細胞内タンパク質分解の中心的経路です。この経路では、
E1(ユビキチン活性化酵素)
↓
E2(ユビキチン結合酵素)
↓
E3ユビキチンリガーゼ
↓
標的タンパク質のユビキチン化
↓
プロテアソームによる分解
というプロセスが進行します。E3ユビキチンリガーゼは、どのタンパク質を分解対象にするかを決定する重要な役割を担っています。
分子接着剤(Molecular Glue)
標的タンパク質分解創薬の原点の一つがサリドマイドです。サリドマイドは1950年代に鎮静剤として使用されましたが、後に重篤な催奇形性が判明しました。その後の研究により、サリドマイドおよびその誘導体(レナリドミド、ポマリドミドなど)は、E3ユビキチンリガーゼ複合体の構成要素である Cereblon(CRBN) に結合することが明らかになりました。これらの化合物は、
- IKZF1(Ikaros)
- IKZF3(Aiolos)
などの転写因子を新たな基質として認識させ、その分解を誘導します。このように、低分子化合物がE3リガーゼと標的タンパク質の相互作用を促進し、分解を引き起こす仕組みは Molecular Glue(分子接着剤) と呼ばれています。現在では多発性骨髄腫をはじめとする血液がん治療において重要な薬剤群となっています。
PROTAC
PROTAC(PROteolysis TArgeting Chimera)は2001年に提唱された標的タンパク質分解技術です。PROTACは通常、
- 標的タンパク質結合部位
- E3リガーゼ結合部位
- 両者をつなぐリンカー
の3つの要素から構成されます。PROTACが細胞内に入ると、
標的タンパク質
↓
PROTAC
↓
E3リガーゼ
からなる三者複合体(Ternary Complex)を形成します。その結果、
E3リガーゼによるユビキチン化
↓
プロテアソームによる認識
↓
標的タンパク質分解
が誘導されます。重要なのは、PROTAC自身は触媒的に作用し、一つの分子が複数の標的タンパク質分解を誘導できる点です。
PROTAC創薬
1. 「Undruggable」標的への応用可能性
従来の低分子医薬は酵素活性部位や受容体ポケットへの結合が必要でした。しかし、
- 転写因子
- 足場タンパク質
- 非酵素タンパク質
などは結合ポケットが乏しく、「Undruggable Target(創薬困難標的)」と呼ばれてきました。PROTACは必ずしも機能阻害を必要とせず、標的タンパク質に結合し、E3リガーゼとの安定な三者複合体を形成できれば、分解を誘導できる可能性があり、新たな創薬可能性を提供します。
2. 耐性変異への対応
がん治療では薬剤耐性変異が大きな問題となります。従来の阻害剤は活性部位変異によって効果を失う場合がありますが、PROTACはタンパク質全体の除去を目指すため、耐性克服戦略としても期待されています。
3. 長時間作用
標的タンパク質を分解するため、
- 阻害剤より長時間効果が持続
- 低用量化の可能性
が期待されています。
PROTAC創薬の課題
一方で、PROTACには解決すべき課題も存在します。
分子量が大きい
多くのPROTACは
- 800~1200 Da
程度の分子量を持ちます。一般的な低分子医薬より大きく、
- 経口吸収性
- 膜透過性
- 組織移行性
の最適化が課題となります。
E3リガーゼの選択肢が限られる
ヒトには600種類以上のE3リガーゼが存在すると考えられていますが、創薬で利用されているのは主に
- CRBN
- VHL
- MDM2
- cIAP
など一部に限られています。新規E3リガーゼリガンドの発見は現在の重要な研究テーマです。
AI創薬とPROTAC設計
近年、構造生物学とAI技術の進歩によりPROTAC研究は大きく加速しています。特に
- X線結晶構造解析
- Cryo-EM
- AlphaFold
- 分子動力学シミュレーション(MD)
- Structure-Based Drug Design(SBDD)
- Generative AI
などの技術が活用されています。PROTAC創薬では単純な標的結合だけでなく、
- 標的タンパク質
- PROTAC
- E3リガーゼ
からなる三者複合体形成が重要です。三者複合体の形成は、単純なリガンド結合親和性だけでは予測できず、複合体全体の構造安定性やダイナミクスを評価する必要があります。そのため、
- Protein-Protein Docking
- Ternary Complex Modeling
- MDシミュレーション
- Free Energy解析
などの計算科学的手法が盛んに利用されています。近年はAIを活用したリンカー設計や新規E3リガーゼリガンド探索も進展しており、次世代PROTAC創薬の重要な基盤技術となっています。
おわりに
PROTACは、従来の「阻害剤中心の創薬」から「標的タンパク質分解創薬」へのパラダイムシフトを象徴する技術です。分子接着剤やPROTACに代表されるTargeted Protein Degradation技術は、これまで創薬困難と考えられてきた多くの疾患標的に新たな可能性をもたらしています。今後、構造生物学、AI創薬、計算化学、ケミカルバイオロジーの融合により、より高性能なタンパク質分解薬の開発が進み、がん、神経変性疾患、自己免疫疾患など幅広い疾患領域で革新的な治療法が実現することが期待されています。なお、PROTACや分子接着剤の探索には、標的タンパク質・E3リガーゼ間の相互作用解析や三者複合体形成予測が重要であり、インシリコ創薬技術の活用が今後ますます重要になると考えられます。このような解析には、タンパク質-タンパク質相互作用解析、タンパク質ドッキング、分子動力学シミュレーション、自由エネルギー解析などの計算科学的手法が重要になります。分子機能研究所では、これらのインシリコ創薬技術を活用し、PROTACや分子接着剤を含む次世代創薬研究を支援しています。標的タンパク質分解創薬に関する計算科学的解析についても、お気軽にご相談ください。
2026年8月1日
分子機能研究所 辻 一徳
筆者プロフィール
辻 一徳(ツジ モトノリ)
分子機能研究所 代表
博士(薬学)東京大学
大阪大学 招聘教員
横浜国立大学 非常勤教員
東京医科歯科大学・東京科学大学 非常勤講師(~2025年)
インシリコ創薬・構造ベース創薬・リガンドベース創薬・量子化学創薬・AI創薬・計算化学・バーチャルスクリーニング・分子ドッキング受託研究、アドバイザリー、コンサルティングを実施

